埼玉の農産物を活用してビール醸造をスタート!
~日本版SDGsを掲げる協同商事コエドブルワリー(川越市)の取り組み
日本を代表するクラフトビールとして有名な「COEDOビール」。埼玉県川越市で誕生し、海外でも名が知られているCOEDOビールが、実は埼玉の農業と深く結びついていることをご存じですか?
東松山市にある「COEDOクラフトビール醸造所」をたずね、協同商事コエドブルワリーの代表取締役社長・朝霧重治さんにお話を聞いてきました。農業とビール醸造との共通点や、農業に対する独自のビジョン、環境に配慮したさまざまな取り組みほか、ビール愛好家がわくわくする企画も紹介します。
INDEX
川越の農業と深く結びついたCOEDOビールのビジョンとは
COEDOビールの定番6種
(左から「漆黒-Shikkoku-」「瑠璃-Ruri-」「伽羅-Kyara-」「白-Shiro-」「毬花-Marihana-」「紅赤-Beniaka-」)
スタイリッシュなロゴと瓶のデザインがひときわ目を引くCOEDOビールは埼玉発のクラフトビールです。このブランドを生み出したのが、地元川越にある農産物の総合商社、協同商事だと知らない方もいるのではないでしょうか。COEDOビールは農業と深く結びついてきたからこそ生まれたビールだといえます。
ミッションは“日本の新しい農業を切り拓く”
協同商事は農産物の栽培から物流、販売、食品加工、リサイクルなど農業を出発点に食のサイクルすべてに関与している総合食品企業です。
「1970年代に先代が日本の農業への貢献と新しい農業を切り拓いていこうという思いで先代が設立した会社です」と朝霧さん。 ※法人化は1982年
「農業といってもいろいろな側面がありますが、うちでは有機農業をとりわけ大事にしてきました。農薬を使わない、化学肥料を使わないという循環型農業ですね。有機農業を行う生産者のバックアップにも力を入れていて、協同商事という会社名には、生産者の方々と我々企業、そして生活者の方々とが協力して農業の未来を作っていくという思いが込められています」
近江商人の商売哲学として古くから伝わってきた「三方よし」の考え方があります。売り手や買い手だけが満足するのではなく、世間にも貢献できる商い、売り手よし、買い手よし、世間よしを目指すものです。朝霧さんは、「この三方よしを日本版SDGsとして当社では第一のバリューに掲げています」と強調します。
ビールも農産物
農業に重点を置いてきた企業がなぜビール醸造を始めたのか。朝霧さんは「ビールも農産物です。新しい農業を切り拓くという当社のミッションに、ビール醸造も位置付けられています」と、埼玉の農業とビールがどう結びつくのかを話してくれました。
「2023年7月に武蔵野の落ち葉たい肥農法が世界農業遺産に認定されたのをご存じですか?武蔵野台地に位置する川越市、所沢市、ふじみ野市、三芳町はもともと関東ローム層でできたやせた土地でした。それが江戸時代、土地に積もった落ち葉をたい肥にすることで豊かな土地に変えていったんですね。ここは、そういう循環型の農業をずっとやってきた地域で、いわば有機農業の原点ともいえる場所なんです。さらに、古くから川越には土壌を健全に保つための緑肥(緑の肥料)として麦を植える農法がありました。麦は収穫されずに鋤きこまれ緑肥として肥料になっていました。それを活用してビールができないかと考えたのが着想の原点です」
協同商事の考え方には、チーズやワインなど農産物に付加価値を付けた農業の方向性があったそうです。
「例えば、日本でイタリアの牛乳を飲んだり、ぶどうを食べたりすることはありませんが、イタリア産のモツァレラチーズやワインはたくさん輸入されています。農産物をそのまま出荷するのではなく、チーズやワインのように付加価値を付けて加工品としたらどうか?緑肥の麦が大麦だったので、じゃあビールにしたらどうだろうかって考えました」
しかし、麦だけあっても麦芽にするメーカーがいなくて埼玉の大麦を活用したビール醸造はいったん断念。そこで出てきたのが、当時、大量に廃棄されていた規格外品のさつまいもでビールを醸造(日本の酒税法では発泡酒)することでした。「これがCOEDOビールの起源で商品化第一号です」と朝霧さん。
このとき使用されたのが川越伝統の紅赤芋です。後々ブラッシュアップされて、赤みがかった琥珀色と香ばしい甘みが特徴のプレミアムエール「COEDO 紅赤-Beniaka」が生まれました。
「さつまいもで作るビールの前例はありませんでしたが、日本には焼酎文化があるのでビールのフォーマットでつくってみようと挑戦しました。規格外品のさつまいもが余っているという情報が得られたのも、総合食品企業として活動していたからこそ。最初から日本的なビールを作ろうとスタートしたわけではなく、私たちの会社のビジョンや川越という土地の特徴、時代背景が合わさって偶然誕生したテロワール(土地の味)なんです」
クラフトビールの第一人者へ!埼玉産農産物とのコラボレーションも
定番6種の他にも地元の農産物や雑誌・食品企業などさまざまなブランドとのコラボレーションビールを醸造
COEDOビールが今のようなクラフトビールの第一人者となるまでには紆余曲折がありました。「商品化第一号のビールができた当時は地ビールブームでしたが、ブームが去ってビール事業に行き詰まったことがあります」と朝霧さん。そのとき、それまでの商品をすべて終了し地ビールからクラフトビールへの再構築を一大決心したそうです。
「地ビールブームのときはビールづくりより、地域おこしや観光スポットとしてどう盛り上げるかを目的としたところがほとんどでした。本来の私たちの考えとは違うんだけど、どうしてもそっちに流されてしまったんですね。 また、当時は大量生産、大量消費の時代で、ゆっくり時間をかけて作った高いものより安いものが良いっていう時代。でも、それだけではないですよね。手づくりの良さを伝えていきましょうということで再度、本格的なクラフトビールへと舵を戻しました」
ビールの醸造はほかの加工食品にはない難しさがあります。朝霧さんいわく「化学反応とバイオテクノロジーが裏側で動いていて、さらに道具が適切じゃないと絶対ちゃんとしたものができません」。
協同商事では、ドイツから代々ブラウマイスター(ビール職人)を家業とするクリスチャン・ミッタ-バウアー氏を社員として招き、本場のビールづくりを学びました。それが今のCOEDOビールの土台となっているのだとか。
2006年から「クラフトビール」の伝導士として生まれ変わったCOEDOビールは現在、国内はもとより世界28カ国に販路を広げています。定番は、毬花-Marihana、瑠璃-Ruri、白-Shiro、伽羅-Kyara、漆黒-Shikkokuと、さつまいもを使用した紅赤-Beniakaの6種類。そのほか、地元の農産物と共同で開発した限定醸造ビールや、雑誌や食品企業などさまざまなブランドとのコラボレーション醸造も精力的に行っています。
COEDOクラフトビール醸造所に行ってきました!
昭和50年代に建てられた企業の研修所を改修しビール醸造所に
醸造所は自然豊かな埼玉県東松山市にあります。サステナブルな生産活動を目指して、2016年に生産拠点をこの地に移転したそうです。ここからはクラフトビールがどのようにつくられるのか、また、環境に配慮した取り組みを紹介します。
ヨーロッパスタイルを取り入れた先進的な醸造所
ビールは麦芽、ホップ、酵母、水の4つの原材料からつくられます。醸造工程は主に3つの工程に分かれます。
〈ビールの醸造工程〉
仕込み
(麦芽の粉砕、糖化とろ過、麦汁の煮沸、ホップの投入、冷却)
↓
発酵と醸成
(酵母の投入、発酵、醸成)
↓
ろ過
↓
瓶詰め・樽詰め・缶詰め
「アメリカでは大きな倉庫に仕込み水タンクや醸成タンクなどがずらっと並べられていますが、当社はドイツ方式なので工程ごとに部屋を分けています」と朝霧さんは醸造所内を案内しながら説明してくれました。
釜とろ過槽がある仕込み室のタンクには、粉砕された麦芽とお湯がミックスされながら下りてくるため、人が手でかき混ぜる必要がありません。先進的で効率的なシステムを採用しています。一方で、味の調整は熟練の職人さんが五感と知識で行っていきます。
ビールの仕込みが行われているタンク
エール酵母での発酵か、ラガー酵母での発酵かによって発酵や熟成の期間は異なりますが、約1カ月でビールができます。発酵醸成タンク室には、1本1万2000リットル入る大きなタンクが4本並んでいました。1本のタンクから3万本のビールができるのだとか。クラフトビールはさまざまな種類があるため、「このほかにも6000リットルのタンクが33本ある」と朝霧さん。
タンクの中で発酵と醸成が行われビールが完成する
瓶詰室では1時間あたり6000本のクラフトビールが生産されています。瓶詰の際、酸素が入らないようにするためには、まず二酸化炭素で瓶内を満たします。次いで注がれたビールが二酸化炭素を押し出すことで酸素が入り込むのを防いています。
瓶詰室はオートメーション化されており、1時間に6000本のビールが生産される
環境に配慮したさまざまな取り組み
醸造所に併設されたバイオマス発電機
この醸造所では、ビールを醸造する過程で出るビールかすや廃液のリサイクルにも取り組んでいます。
「ビールかすは通常なら産業廃棄物として廃棄しますが一次処理をして牛のエサとして100%リサイクルしています。自社にとっても経済的にありがたい」と朝霧さん。最近開始したバイオマス発電はさらに先進的な試みです。
「ビール工場の廃液は汚いものではありませんが、栄養分をたくさん含んでいるためそのまま流せません。通常は栄養分を除去するため別の微生物に食べさせて流します。でも、微生物の死骸が大量に出るんですね。その処理が大変なので、メタン菌というメタンガスを作る微生物に食べさせ、そのメタンガスを燃やして発電機を動かすことにしました。できた電気は売っているので、もはや廃液は、廃液ではなくて原料となりました」
さらに、「埼玉は晴天率が日本で2位。ビールにはお湯がたくさん必要なので、太陽熱の集熱機を使ってお湯を作る研究にも取り組んでいます」とエネルギッシュに語ります。
ビール愛好家が農業と自然に出会えるタッチポイントづくり
ここからは、ビール愛好家がわくわくする情報をお届けします。
クラフトビールと音楽、キャンプが楽しめる麦ノ秋音楽祭
麦ノ秋音楽祭の様子。音楽・アート・ビールを自然の中で楽しむことができる。
COEDOクラフトビール醸造所では、2022年秋から敷地内でキャンプ型音楽フェス「麦ノ秋音楽祭(むぎのときおんがくさい)」を開催しています。
麦の種を蒔く11月(#Seeds)と収穫の5月(#Harvest)の年2回、麦の生育する周期に合わせて開催され、音楽やアートをビールと一緒に自然の中で楽しむことができます。
2023年11月11日(土)~12日(日)には、「麦ノ秋音楽祭2023 #Seeds」が開催されます。
麦ノ秋音楽祭2023 #Seeds(外部サイトへのリンク)
このイベントは、「ビールを醸造している土地に集ってもらい、音楽と共に農業と自然に出会えるタッチポイントを作りたい」という朝霧さんの想いから生まれました。第一線で活躍するミュージシャンが多数出演し、キャンプ料理のワークショップやブルワリーツアー、コエドビール学校など楽しい企画が満載で、キャンプチケットは早々に完売する人気です。その背景には、自家農園で麦を栽培しビールを醸造するという新たな挑戦がありました。
有機農法で麦を自家栽培するプロジェクト始動
醸造所の外には広大なグラウンドが広がっており、麦畑として開拓を進めている。
COEDOクラフトビール醸造所の敷地面積は広大でサッカーや野球ができるグラウンドがありました。そこを3年前から開拓して農地にし、昨年ようやく麦が実ったそうです。
「2022年に開催した音楽祭のとき、参加した方々に麦の種を撒いてもらうイベントを行いました。今年春の音楽祭では麦を収穫するイベントを企画していたんですが、春の訪れが早かったため収穫時期が早まり、音楽祭より前に刈り取りをせざるを得なかったため叶いませんでした。でも、今年秋には、春に収穫した麦でつくったビールを音楽祭のときに飲んでもらい、さらに畑に麦の種を撒くイベントも企画しています」
一度は断念した地元の麦でビールを醸造するという夢が、今また動き出しました。
COEDOビールの将来展望とは?地域との連携とコミュニティへの貢献
醸造所内で実った麦畑
朝霧さんは麦の自家栽培について、さらなる展望を語ります。
「醸造所の敷地内だけでなく、今後は耕作放棄地などでの栽培も考えています。例えば、持ち主の農家の方から委託を受けて麦を栽培する。ビールメーカーが地産地消ということで地元から買う貢献の仕方もありますが、なかなか採算が取れない現状があります。ビールメーカー自らが農業者になって原料を生産すれば、さまざまなリスクが回避できるのではないか。それこそ地元の方たちに喜んでもらえる地域貢献ができるのではないかと思っています」
朝霧さんいわく「何百ヘクタール規模で広がれば、自社で作るビールの原料を自給できるレベルになる」そうで、「いずれ埼玉の丘陵地帯が5月に麦の穂で黄金色に輝く風景が広がったら素晴らしいですよね。観光資源としても注目されるでしょう」と語ります。まさに協同商事がバリューとする日本版SDGsを体現するわくわくする取り組みだといえます。
COEDO BREWERY | コエドブルワリー 公式ホームページ(外部サイトへのリンク)
COEDO | コエドブルワリー 公式X(旧Twitter)(外部サイトへのリンク)
協同商事 公式ホームページ(外部サイトへのリンク)
まとめ
日本を代表するクラフトビールとして有名な「COEDOビール」は、埼玉県川越市の総合食品企業、協同商事が開発しました。有機農業を大事にし、地元の生産者と強く結びついてきたからこそ、さつまいもを使った今までにないビールが誕生。今では世界28カ国へと販路を広げ、地元の農産物や企業とのコラボレーションによる限定醸造ビールも人気です。ビールかすのリサイクルや、ビール工場の廃液を活用したバイオマス発電もサステナブルな取り組みとして注目されています。さらには、自家農園で麦を有機栽培しビールを醸造するという新たな挑戦も始まりました。進化し続ける協同商事コエドブルワリーから目が離せません。
- 2023/10/05新規作成