吉川市から漆産業を支える、ものづくりのプロ
プロフィール
ぬしさ産業株式会社 代表取締役:竹俣 圭清(たけまた けいせい)さん
出身は吉川市。地元の小学校に通い、高校は都内の私立高校に進学。お父様の実家は、東京都上野にある明治創業の江戸漆器の老舗で、蕎麦道具や国会議員の氏名標・投票札を製作している。昭和50年頃、吉川市でお父様が、飲食店で使う料理道具や食器・厨房機器を納める卸業を始める。竹俣さんは都内で国内外の家具を作る職人として働いていた。その後家業を継ぎ、上野の漆職人と共に塗替えを行いつつ、個人のお客さんに向けた商品も作って良さを広めたいとショールームをギャラリーにしたり、カフェ「NUSHISAの台所」をオープンする。現在は、漆器製作や氏名標の塗替え以外に、様々なプロダクトやインテリアのデザインも行っている。
INDEX
伝統的な漆器業を継承し、新しい価値を発信する
実家は明治から続く江戸漆器の老舗
- ー竹俣さんが漆や木工に関わったきっかけはなんですか?
-
もともと、父の実家が明治創業の江戸漆器の老舗を上野で営んでいました。父はサラリーマンでしたが、脱サラして家業を継ぎ、昭和50年頃に吉川市で開業しました。
その後、兄が会社を継ぎ、私は都内で国内外の家具を作る職人として働いていましたが、経営が悪化してしまった時期があり、心配になって実家を手伝うようになりました。そして兄が結婚し、相手の家業を継ぐことになったので、自分が会社に入りました。最初は、経営や営業に携わっていましたが、もの作りが好きなので、やっぱり自分で色々なものを作りたいという思いがあって。小さい頃から漆職人さんが家に来ていて、漆塗り手伝いをしていたので、その人に教わりながら漆の技術を磨いていきました。
国会の歴史が詰まった「氏名標」の制作
- ー現在の活動内容を教えてください。
-
現在は、木工、漆、デザインの業務を中心に行っています。デザインに関しては、家具や漆製品のデザイン、住宅や店舗のインテリアデザインを行っています。店舗デザインは、オーナー様とコンセプトの構築から深く関わり、存在意義など一緒に考察しながらデザイン・設計・製作までしています。以前、上野で行なっていた漆業と、木工を集約し、数年前から全ての製作を吉川の工場で行なっています。
主な漆の仕事は、国会の氏名標と蕎麦道具の塗替えです。氏名標は昭和22年から弊社で請け負っています。氏名標自体は、国会が出来てからずっと同じものが使われており、選挙のたびに漆を塗り直して使っています。そういった歴史の重みや蓄積を感じながら取り組んでいます。また、木製の蕎麦セイロの塗替えは、蕎麦は江戸の食文化なので、かつては東京の漆職人が行っていました。しかし、年々職人の数は減り、現在、都内で蕎麦道具の塗替えをしているところは皆無だと思います。漆の産地は全国にありますが、産地ごとにお椀や重箱・お膳といった得意な分野も異なり、蕎麦セイロの塗替えは弊社くらいかもしれません。
本当にもの作りが好きな人達と技術を守っていきたい
- ー漆業を継ぐ人はどのくらいいるのでしょうか。
-
例えば、漆器を塗る職人だと、東京・埼玉だとあまり聞きません。産地だと、昔は学校のクラスで、漆関連の仕事の親が半分くらいはいたそうですが、今は子供達がほとんど家業を継がず、職人はすごいスピードで減っているそうです。現在、私は84歳の職人さん(ぬしさ産業に勤続して68年)と2人で塗替えをしています。代々受け継いできた技術や経験の継承は価値あることだと思いますが、根本的に手を動かすことが好きじゃないと続かないと思います。
社内だけでは間に合わない大口の仕事もあります。且つ、0.01ミリ単位のシビアな品質と数量が求められる仕事です。3時間かけて檜の板をドラム缶で煮る「ヤニ抜き」作業など、こういった技術は、同じ世代や経験を積んだ職人仲間らと共有し、一緒にブラッシュアップさせながら継承する形をとっています。
「木」と「漆」に触れながら家庭的なご飯が食べられるカフェをオープン
- ーNUSHISAの台所を始めたのはなぜですか?
-
もともと、父の仕事のショールームだった場所を、器が購入できたり、陶芸家や作家さんの個展を開催したりして、一般の人達も来れる店にしました。器を買いに来るお客さまは、料理が好きな人が多く、中には手料理を差入れしてくれるお客さんもいて「主婦が作る家庭料理が食べられるお店があってもいいね」と、店番をする母と話をしていました。
そこで、料理好きの主婦らに声をかけて「ベテラン主婦が切り盛りする食堂」というコンセプトで、期間限定のイベントを開催しました。何回か行ううちに仲間も増え、みんなのモチベーションも上がったのでお店にしてみようとなったのが2013年です。
しかし、オープンの数日前に、母が急に心臓発作で亡くなってしまい、どうしようかとなったのですが、母の友人たちと頑張ってオープンしました。今は、メンバーの1人の宇田さんが、近隣で育った有機野菜と乾物で作った家庭料理を、木や漆の器で食べるお店として営業を続けています。
日本で古くから根ざした木や漆の良さを文化として、世界に広めていきたい
木と漆、それぞれに違った良さがある
- ー木や漆の魅力について教えてください。
-
木の良さは『触れて感じる温かみ』だと思います。木は他の素材に比べて空気の層があるから、素材温度が高いんです。また、加工や塗装方法を工夫することで、自然の姿に新たな風景を加えることができるのも良いところです。
漆は、化学物質を使わず、湿度と温度だけで乾燥・硬化してくれる唯一の塗料というのが大きな特徴です。一般的な塗料は、硬化剤を入れないと乾かないですが、漆は木の樹液からできていて、湿度と温度で自然と固まります。温度はある程度温かく、湿度が70~85%だと乾きます。ただ高すぎたり低すぎたりすると乾かなかったり、「縮み」が起きたりするので扱いが難しい素材です。他の塗料に比べて固くて丈夫なのに、口当たりが滑らかで、化学物質を使わないので、安心して使えるところも漆の魅力だと思います。
作品を創り上げた時の達成感は、何にも代えられない
- ー仕事のやりがいや苦労などを教えてください。
-
仕事は指先から腕、腰、足など全身を使うので、相当ハードだと思います。漆は指先を使いますし、刷毛やヘラは繊細です。段取りには神経も使います。木工の仕事は、重量のある材料や道具を運び、木工機械は大怪我とも隣合せです。現場の仕事は、調整と体力と気遣いと時間との勝負です。例えば、ある加工には1日10時間、丸3日どうしても反復横跳びのような動きをしなくてはいけません。結構きついです(笑)。
それでも、前より早くきれいに仕上がると「気持ち良い!」という感情と共に「次はもっと!」という気持ちになります。苦労話は挙げたらきりがないですが、それ以上に作る楽しさと喜び、達成感のほうが数倍勝ります。
吉川市は「優しい人が多く、老若男女仲の良いまち」
- ー吉川市の良いところ、もっと良くなるところはありますか?
-
色々ありますが、のどかな田園風景と、多くも少なくもない人口密度が吉川市の良さだと思います。中核都市だと、家のサイズが変わったり、市政も意見をまとめるのが大変だったりすると思いますが、吉川市はちょうど良い気がします。
また、地元の人と移住者のバランスが良いですね。駅前の再開発で、転入者が増えたことが要因にありますが、人が増えたことで、まちの新陳代謝が上がり、好循環が生まれていると思います。高い建物が少ないので見晴らしがよく、騒がしくないけど、近隣に様々なお店があるので、生活には困らないまちです。優しい人が多く、老若男女仲が良いところも吉川市の良いところです。
逆に、子供は増えていますが、高校と大学が少ないのは残念なところです。もっと授業やゼミを通して、まちづくりにコミットする機会が増えるといいと思います。
木や漆の良さを丁寧に伝えていきたい
- ー今後取り組みたいことはなんですか?
-
ここ数年できていないことで、自社で企画デザインした漆製品の開発と製作です。もう試作は重ねていますが、海外で予約の取れない人気レストランに直接送って、漆器や木工品を試してもらいたいです。良さはきっとわかってもらえる?と思っています(笑)。
昔は、工芸品が普段の道具として、当たり前のように使われていましたが、今は技術の進歩により、安価で優れた工業製品は沢山ありますし、物に溢れています。そんな時代でも、自分の暮らしに取り入れたいと思ってもらえる、丁寧なものづくりをしていけたらと思います。また、食や使うという体験を通じて、漆や木の良さを伝えることはできるので、「NUSHISAの台所」でも、魅力を発信していきたいです。
編集後記
漆は繊細な作業だけではなく、アスリート並みの体力を使うことや、国会議事堂の氏名標は、全て漆を塗り直して使われており「SDGs」の先駆けだったことなど、驚きの連続でした。最近はどこでも食器が買えるので、デザインや値段重視になってしまうことが多いと思いますが、お気に入りの漆器や木工食器を探したり、大切な人にプレゼントしたりするのも良いですね。早速、「漆のアイスクリームスプーン」を購入してみましたが、口当たりが滑らかで、いつものアイスが少し高級になったような気がしました!(笑)
吉川市ってどんなところ?
【場所】埼玉県南東部(人口:約7.3万人)
【アクセス】JR武蔵野線「吉川駅」と「吉川美南駅」が通っており、東京駅までは約50分。
【知ってましたか?吉川市のあれこれ】
・日本有数の「なまずの産地」だった!?
→吉川市は川に囲まれた地形で、川魚の食文化が根付いており、貴重なタンパク源として親しまれていたそうです。
・神輿を投げるお祭りがある!?
→400年以上の歴史がある「八坂祭り」悪疫退散・商売繁盛・五穀繁盛を願い、神輿を投げ上げる「暴れ神輿」が有名です。
執筆者プロフィール
(株)地域デザインラボさいたま 八木奈央
2017年 埼玉りそな銀行小川支店入行。個人渉外として資産運用、信託商品の提案・販売を行う。まちを回る中で、田舎の人の温かさや面白さがある半面、人口減少などの社会課題も深刻化していること知る。その後、地域課題解決事業を行う「地域デザインラボさいたま(愛称:ラボたま)」が設立されることを知り、同社のビジネスコンテストに応募。「住みたい田舎から、住める憧れの田舎へ」をコンセプトに空き家流通促進事業について提案し、コンテストに合格。現在はラボたまに出向中。まちやコミュニティを知ることが移住促進・空き家課題解決に繋がると考え、様々な「まちびと」の活動を発信している。
詳しくは→「埼玉まちびと 四角いマガジン」(Instagramへのリンク)
- 2023/09/07新規作成